何者にもなれないぼくたちは

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名古屋市美術館「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」

殺人的な暑さが一瞬和らいだと思ったら、また猛暑が襲ってきた。
名古屋の暑さは周囲の山脈や広い道路の所為で、ひときわ厳しいという。
その名古屋で、麗しい展覧会「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」が開かれている。

 

 

ビュールレ・コレクションとは

実業家、エミール・ゲオルク・ビュールレ。
彼が西洋絵画史を紐解くように蒐集した「ビュールレ・コレクション」は
西洋絵画史を俯瞰できる作品が集められ、特に印象派・ポスト印象派の作品は各画家の代名詞ともいえる作品を保有しており、コレクションの質の高さは世界的に名高い。

彼の死後、遺族が私立美術館をひらきコレクションを展示していたが、2008年に4作が盗難された
作品はすべて回収されたが、警備の強化による負担から閉館、スイスのチューリッヒ美術館にコレクションが移管されることとなった。

 

 

至上の印象派展 ビュールレ・コレクション

今回の「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」には、
移管のきっかけとなった盗難4作を始め、ルノワールの『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)』やセザンヌの『赤いチョッキの少年』など世界的名画、
スイス門外不出だったモネの睡蓮の一作が初めて国外に貸し出されるなど、
それ一作の為に展覧会を開けるほどの名画が数多く展示されており、至上という言葉がふさわしい展覧会になっている。

展覧会は全10章で構成される。
「1章 肖像画」では17世紀オランダの画家フランス・ハルスから19世紀のルノワールドガの作品が展示され、コレクションの時代や作家の層の厚みを提示する。
「2章 ヨーロッパの都市」は写実的なカナレットの作品とモネやマティス印象派の手法で描かれた作品が並べられ、描写の変遷を
「3章 19世紀のフランス絵画」ではロマン主義の画家ドラクロワや近代絵画の父マネの作品を例にし、主題性の変遷をそれぞれ捉えている。
1〜3章では近代絵画史を俯瞰でき、以降の4章からは印象派・ポスト印象派の名だたる名作を見ることができる。(3章までも名作ぞろいだが)


「4章 印象派の風景」は、これぞ印象派という作品が粒揃いしている。
素早いタッチで描きこまれた作品からは、写実的な絵画や写真以上に、画家によって感知された感度の高い空気感や光の加減が伝わってくる。
モネの『ヴェトゥルイユ近郊のヒナゲシ畑』などヒナゲシの可憐な花々と遠くににじむ街並みの対比が美しく、空の雲など今にも動き出さんばかりに一瞬の変化を捉えている。


出典: Wikimedia Commons 

5章ではドガルノワールによって描かれた人物画が展示されている。
ドガの著明な主題であるバレエの踊り子や晩年のルノワールの豊穣な肉体美が描かれた作品など、両者の略歴がわかる展示になっている。
その中でもひときわ明るく輝いていたのが目玉のひとつでもある『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』だ。


出典: Wikiedia Commons

誰もが知る今作の魅力について改めて語る由はないが、他の展示には色彩の落ち着いた作品が選ばれているため、イレーヌ嬢の線の細さと肌の白さがより強調されており、前述のように今作が明るく輝くような錯覚に陥った。素晴らしい展示だと思う。

 

続く6章ではセザンヌにスポットが当てられ、『赤いチョッキの少年』も展示されている。
セザンヌはモチーフを様々な方向から観察、単純なフォルムにし、画面上に再構成する手法を生み出した。その手法はピカソやブラックのキュビズムに引き継がれることとなる。
初期の作品から最晩年までの作品が6作展示され、彼が創出した手法を端々に感じることができる。
『赤いチョッキの少年』はアンバランスな体躯や荒いタッチで色を塗り重ねた表現が特徴的だ。
肌にも暗緑色を使うなど独特な色づかいをしながらも少年特有の艶やかさが描かれていたり、アンバランスながらも全体で調和がとれた構図といった高い技術力には脱帽する。


出典: Wikimedia Commons

 

7章ではゴッホの作品群が展示され、文字通り絵画に命をかけたゴッホ、めまぐるしい変化がわかるようになっている。
彼の鮮烈な黄色や歪んだ線が彼の代名詞だが、『花咲くマロニエの枝』のように淡い色使いでも健在な彼の色彩のセンスの高さも注目に値する。


出典: Wikimedia Commons

 

8章・9章では様々な方向へ進んだポスト印象派らの作品が展示されている。
愛知県美術館で催された「ゴッホとゴーギャン展」でトリを飾った、『肘掛け椅子の上のひまわり』が展示されているのが憎いところである。
セザンヌからピカソとブラックに引き継がれたキュビズムの手法も、10章に展示された作品で見ることができる。


出典: Wikimedia Commons

 

10章は「新たなる絵画の地平」と題し、モネの『睡蓮の池、緑の反映』のみが展示されている。この作品のみ写真撮影可能ということで、多くの来場者が作品をカメラに収めていた。


パリ・オランジュリー美術館を意識してか白い壁にスッとスポットライトを作品全体に均一に当てて展示している。知識として睡蓮が壁一面に展示された美術館があるのは知っていたが、実際に巨大な睡蓮の絵画を目の前にすると、この圧倒される睡蓮の絵に囲まれたらどんなに素晴らしいか、オランジュリー美術館に行きたい気持ちがむくむくと湧き上がってきた。ちなみにルノワールの『ピアノに寄る少女たち』も所蔵しているらしい。

 

 

さいごに

名古屋市美術館で、1つ前に行われていた「モネ それからの100年」に行ったことも記事にした。
そこでは印象派は知識がなくてもただ絵の美しさを堪能できるというようなことを書いた。

hakulo.com


今回の「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」も印象派やその流れをくむ作品が主軸になっているので、同じように単純に絵の美しさを楽しむことができる。世界的な名画が何枚も揃っている。
しかし本展の魅力はそこだけではなく、近代絵画史の変遷を、特に印象派を中心にしてどのような変化が生じたのか、画家同士が互いに及ぼしあった影響の跡を伺い見ることができる。
絵画史を学ぶにも、見目麗しい作品を眺めるにも優れたビュールレ・コレクションは、2020年にチューリッヒ美術館に移る。彼のコレクションがまとまって他所の美術館に貸し出されることは、難しくなるだろう。
名だたる絵画とビュールレ氏の類いまれなるコレクターとしての資質を日本にいながらにして観ることができる最後の機会だろう。
「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」、足を運んでみてはいかがだろう

 

www.buehrle2018.jp